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生い立ち

6人兄弟の末っ子

昭和20年6月19日 福岡県椎田町にて6人兄弟の末っ子として生まれる。

6歳の時、北九州へ転居した。写真は親戚の庭で撮影。カーテンで服を縫っていた時代。

8歳の頃

 

 

医者を目指した動機

中学の頃は兄弟の子のお世話をよくしていた。学校の先生になりたいと思っていたが内科医であった伯父が高級車に乗っているのをみてカッコイイ!と思い高校生の時に医者を目指そうと決心。

織田進 中学生の頃

 

 

山口大学入学

1964年、東京オリンピックの年に山口大学へ入学した。1970年に大学を卒業し内科医となり1975年にはUCLAへ入学。アメリカでは子供と間違えられ、服を買いにいくと子供服売り場へ案内されたことがあった。

大学卒業の頃

 

 

結婚

1972年に結婚。二人の子供を授かる。

 

パキスタン医療事情調査

2003年 医療事情調査 パキスタンのレストランにて

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ICOH

2004年 第6回 ICOH 医療従事者のための産業保健国際会議

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北九州産業医科大学

2005年 産業医科大学 退職記念講演

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パキスタン医療事情

2003年 パキスタン医療事情調査 宿舎表門前

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織田進 中学生の頃

中学生の頃

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大学卒業の頃

大学卒業の頃

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8歳の頃

8歳の頃

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学歴・資格

 

 学歴

昭和45年(1970年)3月

山口大学医学部卒業

 

昭和47年(1972年)3月

山口大学医学部附属病院にて臨床研修終了

 

昭和53年(1978年)9月

「酸素異常による溶血性貧血における組織の解糖中間体」と題する論文により医学博士号(山口大学)を授与

 

昭和63年(1988年)

日本内科学会認定内科

 

平成元年~15年(1989年~2003年)

日本血液学会認定医・指導医

 

平成12年(2000年)9月

日本医師会認定産業医

 

平成14年(2002年)~平成20年(2008年)

人間ドック認定指定医

 

平成17年(2005年)4月

産業医科大学名誉教授

 

平成18年(2006年)3月

労働衛生コンサルタント

 

 

職歴

 

昭和45年(1970年)6月

山口大学医学部附属病院臨床研修医 (内科)

 

昭和46年(1971年)4月

中央鉄道病院臨床研修医 (内科)

 

昭和47年(1972年)6月

山口大学医学部附属病院医員 (研修医)、山口大学医学部附属病院医員 (第3内科)

 

昭和48年(1973年)1月

山口大学医学部附属病院助手 (第3内科)、米国カリフォルニア大学 Research fellow

 

昭和52年(1977年)7月

山口大学医学部助手 (第3内科)

 

昭和54年(1979年)7月

産業医科大学医学部助手 (第1内科)

 

昭和55年(1980年)4月

産業医科大学医学部講師 (第1内科)

 

昭和60年(1985年)4月

産業医科大学病歴部副部長兼任

 

昭和60年(1985年)11月

産業医科大学医学部助教授 (第1内科)

 

昭和62年(1987年)4月

産業医科大学情報管理部副部長兼任

 

平成元年(1988年)8月

産業医科大学産業医臨床研修等指導教員、第1内科助教授併任

 

平成8年(1996年)6月

産業医科大学 産業医実務研修センター教授

 

平成9年(1997年)8月

産業医科大学 産業医実務研修センター副所長

 

平成17年(2005年)4月

福岡産業保健総合支援センター所長

 

現在に至る

 

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